いつかこんな日が来ると知っていた。



=撃ち抜く=



「今夜、泉の方で会えないかな?…二人っきりで。」


それは美しい月夜の晩。
夕食後、部屋に戻ろうとしたに唐突に景時が言った。


「…二人っきりですか?」
「そう、二人っきり。ちょっと話したい事があるんだ。」
「話したいこと?」
「うんちょっと…いいかな?」


珍しい景時からの申し出。
総大将の九郎や軍師の弁慶でもなく、自分だけに何の話があるのか。
疑問に思う所もあるが、拒否するようなことでもない。


「…いいですよ。」


ほんの少し疑問に思いつつも承諾する
それから皆が寝静まったのを見計らい約束の場所に向かった。
そこで待っていたのは…



くん…ごめんね。」

銃口を向ける景時の姿だった。



泣きそうな顔で向けられる銃口。
月の光を受け微かに鈍い光を放つそれを向けられてもには驚きも恐怖なかった。
ただ、ついにこの日が来てしまったのだと思った。


「……頼朝さんですか?」
「…うん…」


思い浮かぶのは彼の人の姿。
仲間の一人の九郎であり、たちには一応上司に入る男。
そして…景時を恐怖で縛り付ける男。


「やっぱり知ってたんだね…俺が頼朝様の間者だって。」
「…景さん…」
「最低だろ?欺いてたんだ…九朗も弁慶も望美ちゃんも…朔にくんすらずっと…」


過去に与えられた恐怖と言う名の鎖が景時を縛り付ける。
頼朝に屈服した日から景時は彼の優秀な部下であり、忠実な下僕だった。
彼の命令は絶対、例えそれがどんなに辛いことでも影時には逆らえない。
そう、精神に教え込まされた。



「俺はね…自分の保身の為なら仲間だって殺せる男なんだよ。」



逆らえない理由は沢山ある。
梶原の一族、母に妹…全て頼朝にとって景時への人質。
でも、全ては景時自身の為…少なくとも景時はそう思っていた。


「頼朝様がね。くんが邪魔だって言うんだ。だから、殺すんだ。」
「……」
「頼朝様のために殺さないとダメなんだ…今までみたいにね。」


今まで何度も血に染めた両手。
元仲間も女・子供ですら頼朝の命令なら殺してきた。
今更、一人変わりないはずだった。



「今までそうやって俺は生きてきたんだよ……」

なのに…





「だから、くん一人ぐらい…平気…」

なぜに涙が流れるのか。





本当はこんな事を景時はしたくなかった。
今も昔も人なんて…しかも、仲間を殺したくなかった。
なによりを殺したくなかった。


「景さん……」
「っ……俺……なんで…泣いて…」
「泣かないで景さん、オレは良いから…」
「……くん?」


涙を零す景時にそっと伸ばされる二つの腕。
近づいたせいで銃口が胸に当たるのも構わず、手で流れる涙を拭う。
その行動に目を見開く景時には笑みを浮かべる。


「オレ、知ってるから…景さんがほんとはこう言うのしたくないって知ってるから。」
くん…」
「でも…逃げられないのもちゃんとわかってるから。」


は全て知っていた。
自分が元いた世界でずっと前から景時の事を知っていた。
彼の抱えるものもずっと知っていた。



「大丈夫だから…撃って…」

だからこそ撃たれてもいいと思った。



神のは、基本的に死ねない。
致命傷を負ってもすぐに治ってしまうしが、それでも痛みを感じないわけではなく。
実際に胸を撃ち抜かれればどうなるかは…わからない。
だが、それでも良いと思った。


「っ!?」
「撃って良いよ…大丈夫だから…はやくしないと、見てるんでしょ?」
「…くん…」


恐らく頼朝の監視は今も続いている。
の力を使えばどうにかなるかもしれないが、にだって監視が付いている。
ならば撃たれてしまった方がいいとは思った。



「ほんと大丈夫だから…撃ってよ。景さん。」

―それが景時にとってどれ程残酷かを知りながらも…



促すように手に触れればぎゅっと閉じられる瞳。
引き金にかかった指が震えながら動くのを見ながらは静かに目を閉じた。
ゆっくりと引かれる引き金…乾いた銃声が響いたのはその後すぐだった。



いつかこんな日が来ると知っていた。
だから、大分前から覚悟は出来ていた。



あなたの心を傷つける覚悟を…



End.

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