そんなのとうに忘れたよ。



『泣くと思った?』



"忍に感情はいらない"


それは俺様が一番最初に習った事。
幼い俺様に一般的に父親と呼ばれる立場の人間が言った。
まだ小さすぎる俺様には意味はわからなかったが…



―あぁ、そんなものなんだ。



…そんな事をただ漠然と思った。
それは諦めでもはなく、ただ言われた事を受け入れる。
今思えば俺様はこの時点で忍に適した人間だったのかもしれない。
ま、そんな事は今更どうでもいいんだけどね。



"主の命には絶対服従、命の欠片すら全ては主の物"



幼い頃から叩き込まれた忍の心得。
忍は人ではなく物で、主人が命ずれば殺すし死だって受け入れる。
毛利の旦那が兵は駒だって言ってたけど、忍も似たようなもんなわけ。
なのに…俺様は変に職場に恵まれすぎたみたい。


『佐助!団子を買ってきてくれ!』
『佐助、碁の相手をしてくれないか?』


熱い…熱すぎる上司とその主人。
戦場と普段で違いすぎる手のかかる上司は俺様を友達か保護者のように扱う。
その上司は公私混同はしないけれど、俺様を人として扱っている。
周りの奴らも俺様が忍だと忘れた態度を取る。



『佐助殿』

…あんたも…



姫さんは俺様を酷く優しい声で呼ぶ。
血濡れのこの穢れた俺様を愛しそうに見る。
俺様の汚い欲を受け入れて…





「好きだから…だよ…佐助殿…俺は…君を愛してる…」

俺様に愛の言葉を囁くのだ。





目の前にはいつもより力なく床に伏せる姫さんがいて…
その見える部分にはほとんど白い包帯が巻かれていて少し赤がにじんでいる。
辛うじて見えるのは包帯が巻かれてない右目と口元と布団から出ている手の指先。
痛々しい姿…それは全て俺様のせい。


「なにそれ…そんな理由で俺様庇ったわけ?」


戦場で突然俺様の横から飛び出してきた爆弾兵。
引火直前の導火線にヤバイと思った時にはもう遅く爆発する感触を間近で感じてた。
でも、実際叩きつけられたものの思ったより衝撃が少なすぎる。
なぜだと目を開けてみればそこには…


『なん……姫さんっ!?』
『佐助殿…怪我はないか?』


俺様と爆弾兵の間に入り込むように倒れる姫さんの姿。
思わず叫ぶように呼べば、俺様の姿を見て安心したように微笑んだ。
鮮やかな赤と赤黒い焼けた肌…血と肉の生々しい臭いがした。


「姫さん、こう言っちゃなんだけど…バカじゃない?」


忍庇うなんてなにやってくれんだろこの人は…
俺様たちなんて死んだらそこでおしまいで替えがきく駒みたいなもんでしょ?
それを大将格自ら命をかけて守る理由なんて何もないのにさ。
でも、一番のバカは…あんたを守れなかった俺様。


「佐助殿…」


うつむいた俺にあんたの手が伸びる。
白い襦袢からほんの少し見える手首も指も俺様なんかよりずっと小さくて細い。
労わるように慰めるように優しい声で呼ばれた名前に自嘲が浮かんだ。
こんな時はまであんたは俺様を気にかける。


「なんて声出してんの。俺様は忍だよ?」


俺様はあんたが思うよりずっと非情なのよ。
だから、主守れなかったって所は忍として気にしてるけど他は平気。
この程度の事戦場だったら当然だし?あんたを気にしてへこんでるわけじゃない。
…俺様にそんな優しい感情があるはずがない。


「それともあれ?」

涙なんてそんなもの…



「泣くと思った?」

俺はとうに失くしてしまったのだから。



だから、視界が歪んでいるのはきっと気のせいだ。

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