確かに聞えたんだ。



Cry Cry



今から大体10年くらい前。
まだ母さんが私と父さんといた頃。



?』

それは―母さんがまだ生きていた頃。




記憶の中の母さんはいつだって笑顔。
ちょっと体は弱かったけど、穏やかで優しい人だった。
私と父さんを誰よりも愛してくれた。


、起きてしまったの?』
『ううん、かあさんといっしょにとおさんをまつんだ。』


私はそんな母さんが大好きだった。
この世界の誰よりも大切で何よりも大好きだったんだ。
私の世界の中心はその頃完全に母さんだった。


『あらあら、母さんは大丈夫よ?』
『ダメだよ。よるになるとここらへんはぶっそーなんだからひとりはきけん!』
『おうちの中でも?』
『なかでも!そんなひとがきたらわたしがかあさんをまもるんだよ!』


そして、守るのだと思っていた。
父さんが留守がちで家にいるのは大体母さんと私二人っきり。
だから、大人しくか弱い母を守らなければと幼心に思っていた。
優しくて綺麗な母さんは私が守るのだと…


はとっても頼りになるわね。』
『うん!ぜったいまもってあげるね!』


絶対守ると…守れると思っていた。
テコンドーを習い初めて少しずつ強くなり始めた頃で…
だから、守れるとただ信じていた。



『えぇ……っ!?伏せて!』

何の確証もないのに私は信じていたんだ。



それは一瞬の事、母さんが叫ぶと同時に響いたガラスの割れる音。
何だと考える暇もなく、窓から入り込んできたのは見たこともない男の人。
ただし、その目はいってて変な奇声を上げていた。


『キヒヒッ!アハハハァッ!!!』
『なっ!かあさんにちかづくな!!!うわぁっ!?』
!!!』


そのまま母さんに触れようとした男。
私は母さんを守ろうと男に飛び掛ったけど、所詮子供と大人。
いとも簡単に弾き飛ばされた先は階段で…転がり落ちた。
そして、私は気絶してしまったのだ。


『っ…かあさん?』


次の目を覚ました時、私は一人だった。
そこいらじゅう痛む体を堪えて立ち上がって母さんを探す。
あたりを見渡しても真っ暗で…でも、微かに聞えたのは水の流れる音。
シャワールームから聞えたそれに私は浴室の扉を開けた。



『かあさん……っ!?』

そこには…





『かあさ……うわぁあぁぁぁぁぁあああぁぁあぁっ!!!』

変わり果てた母さんの姿があった。





今でもあの時の光景は忘れられない。
真っ赤なお湯が溢れる浴槽に浮かんでいた母さん。
お腹はぱっくりと開き中から臓器が引きずり出され真っ赤な薔薇が中に入る。
本来中にあるはずの臓器はまるでゴミのように浴室の隅に放られていた。
上から降り注ぐシャワーを顔に受けながら見開いたまま動かぬ光のない目。
それが母さんだと認識した瞬間…私はあらん限りの声を上げていた。



…この後の事は正直、殆ど記憶にない。
仕事から帰ってきた父さんが母さんと気絶している私を見つけたらしい。
気が付けば私は病院のベットのと上にいて、白い天井を見詰めていた。
周りの大人は私を腫れ物のように扱い、ちゃんと接してくれたのは父さんだけ。
いや、違う接し方ならもう一人いた。



『なんであの子が死んだのにお前なんかが生きてるんだ!』



母さんの葬式の日、私の頬を打って叫ばれた言葉。
まだ5歳の子供にそう言ったのは母さんの母さんようするに祖母。
でも、父さんと母さんは駆け落ちだったからその日まで一度もあったことがなかった人。
そんな人にとって母さんと連れ去った男の血を引き一人生き残った私は憎悪の対象。
その目には憎しみと怒りしか見えなかった。



『お前がいるからあの子は逃げられなかった!お前なんていなければ!』



そう言われた時、あぁそうかと思った。
かあさんは私がいなければ死なずにすんだのだと…
一人ならかあさんは逃げれたのだと…




『ぜったいまもってあげるね!』

―ワタシガイナケレバヨカッタンダト…




誰よりも守りたいと願った。
守れるのだと思っていた私のせいでかあさんは死んだ。
それはかあさんを守ると思っていた私の存在意義の崩壊。
…私は壊れた。



その日から私は笑わず泣かず話をせず。
食事もとる事はなくただ転がって天井を見詰めるだけの日々。
でも、目は開いているだけで何も見えてなんかいない。
緩やかに自分で死に向かうだけの日々。



―そんな時だ…泣き声が聞えたのは…



何も消えないはずの耳に届いた声。
それは私を呼ぶ父さんでも声をかける看護婦さんや医者でもなく。
か細い小さな泣き声。


…おきてよ…おねがいいだから…んぐっ…おきて…おれをみてよ…』

『おれ…えぐっ……いないと…うぐっ…ひとりなのに…』

『はなれて…んぐっ…いかないで…ひとりしないで…ぇっ!』



私の名を呼び一人にしないで泣く声。
それはの声で…私がこのままいなくなればはどうなるのだろう思った。
きっと泣いて泣いて泣き続けるを誰が守るだろう。
今度こそは独りぼっちになってしまうのか。


『泣く……な…』


そう思った瞬間。
私は思わず声を出していた。



『!?!?』
…は…わたしが…まもる…そば…いるから……なくな…』



ただ守らなければ思った。
隣でなく同じ年の男の子の幼馴染をただ守らなければと思った。
守れなかったかあさんの変わりに守らねばと…誓った。



―それが私の存在意義だと思った。



あの日、私をこの世に繋ぎ止めたもの。
それはあの小さくてか細い泣き声だった。



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