もう乾いた笑いしか出てこない。
 
 
 
Danger signal.
 
 
 
真っ暗な室内。(電気が切れた)
やけに冷たい空気とよくわからない音。(エアコン最大らしい)
 
 
 
「整備不良にも程があるだろう責任者。」
 
羽緒はよく知った泣きボクロの顔に一発入れたくなった。
 
 
 
事の起りは今から十数分前。
ふともうガムテープや暗幕の予備がなくなって来ている事に気付いた羽緒。
なら取って来ようと倉庫に来て目当てのものを見つけた瞬間ぱっと一斉に消えた電気。
窓のない倉庫は真っ暗になった。
 
 
「参ったな。これじゃ下手に動けんぞ。」
「は?目が慣れたら棚に手を着いていきゃぁうわっ!」
「おいっ!大丈夫か!?」
 
 
溜息を付きながら困った様に言ったのは拮平。
流石に暗幕やガムテープを一気に持って来るのは大変だろうと羽緒についてきて今の状況に巻き込まれたのだ。
拮平の言葉に羽緒は訝しげに思い動こうとするが、次の瞬間なにかに躓き転びかける。
何とかバランスを保ち転ぶ事は免れたが、羽緒は見えない元凶を睨みつけた。
それは、恐らく備品が入っている箱。
 
 
「大丈夫だけどよ…誰だよこんな所に荷物を置いた奴!」
「出し終えた後の物を放置してる奴がいるらしいな。あまり動き回るな。」
「あ〜、最悪。昨日、来生が片付けたばっかりだろうよ。」
 
 
拮平の言葉に羽緒入った時乱雑に置かれていた箱たちを思い出す。
昨日、来生が貧血と熱中症を起しながらも片付けたが今日には既に積まれていた荷物。
流石に昨日程ではなかったので明るいうちは気にならなかったが、暗い今では立派な障害物だ。
それはつまり動くに動けないと言う事で…羽緒は苛立つように頭に手をやる。
 
 
「しっかも、さみぃし!」
「冷房が全開らしいな。」
 
 
しかも、やけに冷たい空気。
昨日は止まって動かなかった冷房が今度は大暴走しているらしい。
外はきっと今日も暑いのだろうが、今の倉庫の気温は恐らく冷蔵庫クラス。
当然だが半袖と薄着の羽緒たちには辛い訳で…
 
 
「う〜、まじでさびぃ〜!」
「おい…大丈夫か?(汗)」
「大丈夫じゃねぇよ!拮平!体温よこせ!」
「はっ!?」
 
 
帰宅部と運動部の差か、それとも体質か。
ガタガタと震え歯の根が上手く合わない状態の羽緒に対して今の所平気そうな拮平。
最初はそんな拮平を恨めしく思いつつ寒さに耐える様に身を抱いていた羽緒だが限界だったらしい。
正面から抱きつく様にぴったりとくっつく。
 
 
「あ〜…ぬくぅ〜v」
「いや、ぬくいじゃなくて離れろ!(汗)」
「別に男同士だからいいじゃん!」
「いや、男同士だから余計に微妙だろ?」
 
 
くっついたことにより得る体温。
それにほんわぁとなる羽緒に拮平は慌てるが本人は平然とした顔。
どうやら寒さを前にして羽緒には男同士だからキモイと言うのは捨て去れたようだ。
絶対に離れないと言うように腕に力を込められ諦めた様に溜息を付く。
そして、自分のほうからも抱き込む様に抱きしめる。
 
 
「まったく…しょうがない奴だな。」
「拮平…?」
 
 
耳元で感じる優しい声色に羽緒はピクリと反応する。
暗くて見えないが微かに笑った様な気配にきっと困ったような顔で笑ったのだろう事がわかる。
まるで小さな子供をあやすような。もしくは…恋人に対するようなそれ。
2人の間に少し違う甘い空気が流れた瞬間。
 
 
 

「波をジャブジャブジャブジャブかきわけて〜♪」

その空気は叩き壊された。
 
 
 
ぱっと消えた時と同じように付く電気。
倉庫に響くは昔なつかし懐メロ?人形アニメソング。
しかも、ワンフレーズ目だが変に上手い。
 
 

「ジャブ ジャブ ジャブ〜♪」
 
忘れずコーラスもばっちり。
 
 

「雲をスイスイスイスイおいぬいて〜♪スイ スイ スイ〜♪」
 
こつこつと小さな足音を立てて近づく声。
 
 

「ひょうたん島は どこへ行く〜♪僕らをのせて どこへ行く〜ぅ〜♪」
 
ノリノリで延ばす所はしっかり延ばす。

 
「丸い地球の 水平線に何かがきっと 待っている〜♪」
 
思わず固まる2人のいる棚の間の横に位置する棚の前で立ち止まるのは良く知っている人物…不動峰の現運営委員。
 
 

「苦しいことも あるだろさ 悲しいことも あるだろさ だけど 僕らは くじけない〜♪」
どうやら2人の存在に気付いてないらしく、なぜか頭に版を乗せバランスを保ちながら棚を見ている。
 
 
 
「泣くのはいやだ 笑っちゃおう〜♪すすめ〜♪」
 
そして、目当ての物が見付かったのか版に在庫を見ながら書き込んでいる。
 
 
 
 
 
「ひょっこりひょうたんじ〜ま ひょっこりひょうたんじ〜ま ひょっこりひょうたんじ〜ま〜〜♪…サムッ!」
『反応おそっ!』
最後のフレーズを歌い終わった瞬間、2人は思わず同時に突っ込んだ。
 
 
 
 
 
ツッコミどころはとても多才だった。
なんで歌を歌いながら入って来るんだとか、よりによって選曲それかよとか…
なんで頭に版のせてノリノリなんだよとか、本気で気付けよと突っ込みたかった。
そして、寒いのに気付くのが遅すぎると…
 
 
「にょっ!?……お兄さんに拮平先輩、なにしてんの?」
 
 
だが、言われた本人はまったく気にしない様子。
突然声をかけられびっくとしたものの何事もないように不思議そうな顔で2人を見る。
そんな酷くマイペースな態度に羽緒と拮平はとりあえず酷い脱力感を感じた。
 
 
 
「…いや、何でもねぇよ。」
「そう?ならいーんだけどさ。」
 
―こいつは天然だと…
 
 
 
あくまでマイペースな来生に溜息を1つ。
天然に色々追求するだけ無駄だと判断しつつ、とりあえず今回の苦情を責任者に言いに行かねば考える。
そして、あのすましたつらに一発拳を叩き込もうと誓ったのだった。
 
 
「とにかく…出るか?」
「…だな。」
 
 
こうして、ちょっと甘かった雰囲気は見事に叩き潰された。
羽緒と拮平は顔を見合わせてお互いに乾いた笑みを浮かべたのだった。
 



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