あのような行為をされただけで…、儂が幻滅すると思ったのか…?
〜そなたの為に、出来ること。〜
わしがと会ったのは、式部殿の屋敷の庭だった。
門先で声を掛けても一向に返事がなく、仕方なく庭先を歩いていたときに……
花を愛でるそなたと会ったのだ。
後姿ではあったが、1人静かに佇むその雰囲気に………わしは戦でも味わったことのない緊張を感じたのを今でも鮮明に覚えておる。
「そこの娘殿、ちょっと宜しいか?
儂の名は武田信玄と言うのだが…式部殿は御帰宅か?」
振り返ったそなたは、儂が今まで見てきたどの女人よりも美しく、儚かった。
そして色々と話をし幾分か知ったところ、悲しそうな顔を見せた。
それは多分…あまりの身分の違いだったからじゃろう。
だが、そんなことは儂は露にも思うてはおらぬ。
好きあった者同士、一緒におることはそれだけで幸せなのだと知っておるからな。
そしてその後も儂は式部殿を訪ね、話を終えた後、殿と話をするのが当たり前となった。
気付けば、殿が儂の隣にいるのが普通だと…当たり前の事となっておった。
「なぁ、殿…儂の嫁になってくれんか?」
だから儂は想いを伝えた。
殿が身分違いの為に苦しんでいると知っていても、儂は伝えなければならぬと思っていたからだ。
そうしたら、殿は泣き出してしまったのだ。
儂はどうしてよいのか分からず、ただただ抱きしめた。
『私は…信玄様をお慕い申しております。幸せすぎて泣いてしまったのです。』と。
抱きしめた胸の中で、そう呟く殿がとても愛しいと………
そして殿とならば、共に生きていける。
…何故か、このときそう思ったのだ。
儂はすぐ、式部殿に殿を武田に嫁がせてほしいと願い出た。
始めは驚いていたが、この武田信玄直々の申し出とあって、すぐに許可を出され喜ばれた。
……ただ、式部殿の雰囲気だけがただならぬものを醸しだしていた。
その時、気付けばよかったのだ。
式部殿が殿を『娘』ではなく『1人の女』として見ていることに。
殿が亡くなったと知らせを聞いたのは、儂の元へとくる日の翌日のことだった。
「死因は入水による溺死で……あと…その、大将…すんごく言いにくいんですけど…」
報告する佐助が珍しく口を濁す。
何故かと訝しめば、佐助の横に控えておった鈴が言葉を発した。
「姫さま…ちがでてたって…」
血…じゃと?
あのような儚げな殿が、何者かと争われるとは思えぬ。
もしやその血は……
「ねえさまがいってた…はこのちだって……長、はこのちって…なに?」
…聞く覚悟はしておったが、まさか本当にその言葉を聞かされるとは。
言ってからもまだ聞く鈴に、佐助は辛い目をしながら対応しておる。
式部殿…あの者は色々と繋がりを持っていると聞いておる。
この儂のところだけでなく、織田や豊臣とも繋がっておるから……
殿が武田に嫁ぐという情報も知れ渡っておることじゃろう。
となれば、式部殿亡き後は……儂のところへ矛先が来るじゃろうな。
「佐助よ。これより戦の準備をしておけ。幸村にもそう伝えよ!」
御意、と部屋より姿を消す。
それに続いて鈴も出ようとするが、「こちらに。」と手招きをした。
何の疑いもなく儂のところへ来た鈴の頭を何度も撫でる。
「…済まぬな。折角佐助と過ごしておったのに。」
「?…おさのそばにいるだけで、鈴はしあわせだから…」
そう言って、儂の傍を離れ、佐助の後を追うように部屋を出て行く。
佐助と鈴、幸村と響、互いに思いあって…好きあった者同士でこの甲斐の地に生きておる。
それが………綺麗か綺麗でないか。
それを決めるのはそなたの自由じゃ。
じゃが、一度抱かれたからと言って…それが綺麗でなくなるかと言えば、儂はそうは思わぬ。
それがそなたの父親、式部殿であったり、そうではない他の男であったり……
「死に急ぐことなど、全くなかったのだぞ…?」
まるでこの場に……目の前に殿がいるかのように呟く。
『私も貴方の傍に、ずっといたかった……』
返事など返ってくるはずもないというのに、その時何故か儂にはそう聞こえた気がした。
「大将、用意できましたよ。」
「御館様!織田は今の戦国を把握している男。
某がその流れを断ち切って見せましょうぞ!!」
数刻の後、儂は織田と対峙する為、幸村や佐助と共に城を後にする。
殿の気持ちを知りながら、あの時連れて行けなかった後悔。
…もう戦でしか晴らすことが出来ぬ儂を、どうか怒ってくれ、と。
罵倒されても仕方のないことを、今からするのだからな。
「よ……あちらで逢えたならば、その時は共に生きようぞ。」
そなたがいるであろう、空へ向かって儂は誓おう。
……今度こそは、共に生き、幸せになろう…と。
...end