我には…そなたにどんな理由があろうとも、側にいるだけで幸せだと思っていたのに。



〜幸せだった日々は、突然壊れる〜



我の妻・は式部家の末姫。
だが、その容姿は皆と異なり、異質だとさえ言う者もいる。



…このように綺麗な者が異質だと?
同じ人間でありながら、そのような物言い…どうしても許せなかった。

「たかが駒風情が……」



だが、我の接する姿勢を見てからか、への認識は変わったようだ。


『元就様が、様を愛おしそうにされていらっしゃる…』

『駒以外の言葉表現を初めて聞きましたぞ!』

『やはり様がいらっしゃるからだろうか?』


……貴様ら…今まで我を何だと思っていたのだ?

だがはいつの間にか、我以上の信頼を勝ち得ていた。
また、我の前でも殆ど表情を変えることのなかったも、少しずつであったが…笑顔を見せるようになっていた。
早く慣れてもらわねば、と我なりに焦ってはいたが、それはただの杞憂に過ぎなかったようだ。










事が起こったのは…それはと婚儀を迎えてから、1年をやや過ぎた頃だった。





、我はこれより戦のための策を講じに行く。
 留守の方、しかと任せたぞ。」

一国の領主であるがゆえに、守らなければならぬ地。
我が治めるはこの中国だが、この地をとろうとする輩もまた、近隣のみならず多くいる。
それらから死守するには、我が得意とする知略を生かさねばならぬ。
そして、そのためには、幾重もの策と駒が必要となる。


…そうやって我らは今まで生き延びてきたのだ。
周りから幾ら非道と呼ばれようとも、このような手段しかなかった。
いや……日輪の加護があったからこそ、出来たこと。





今日もまた、情報によって耳にした輩の地をどう攻めようかと考えあぐねていた。
その時、駒の1人が慌てて我の元に駆けて来る。
…今は誰も通すなと言うておったに………


「も、元就様!つい先程、式部の屋敷に火が放たれました!!」


…………それがどうした、と思う。
の父ではあるが、を省みずに自分の野心だけを貫き通していた者。
野心を貫き通していたことには尊敬するが、大切な者を省みなかったことには万死に値するだろう。

「色々と繋がりを持つから、こういうことになるのだ。
 我のように、自身と日輪だけで切り開けばよいものを……」

盤上から目を逸らさずに答えていたが…。



「それが…火を放ったというのが…織田でございます……」



織田…か。
裏切り者には徹底した粛清をすることで、我のところにも噂はきている。
だが、今までは密接した関係もなかったために、真実かどうか定かではなかったが…

大方、式部の方が裏切ったのだろう。
そのくらい、予想のつかない我ではない。
しかし……徹底した粛清となると………、式部の血はまだ残っている。


そう…我の妻、だ。


我のところに来た、ということはもうの方にも伝令はいっているだろう。
自らの命を絶つようなことだけは、しなければよいのだが…。

「織田は、の存在を知っているのか?」

繋がっているならば、知っているのだろうが…聞かずにはいられない。

「恐らくは御存知かと……様は容姿で有名でございますから…」

知らねばよい…そう望む我の、僅かな願いも空しく『知っている』という返答が返ってきた。
それを聞いて、我は……目の前にいた、今まで報告をしていた者を下がらせた。
本来ならば首を刎ね飛ばしているところだが、……今の我には何故か出来なかった。


「我のいないところで死ぬなどと、早まったことを考えなければよいが…」







それもまた…願い空しく、の方へ伝令をした忍が……の首を持って、我の前に来た。
それだけで…それだけでこの忍の首を刎ねたくなったが、からの最後の言葉を伝えたいと言う。

我は…死に目に会えなかったの…最後の言葉を………聞いた。





『私の勝手だから部下を責めるのはお門違いだと、自分の立場をお考えくださいと。

 たった一人の女の命より国を選べと…これでここが滅びたら許さないと。



 そして…あなたの妻であれて幸せでしたと…







 は…あなたを愛し愛せて幸せでしたと…』





最後まで…毛利家の事を……我の事を想い、死んでいった
言葉は気に入らないところもあるが、それはの性格ゆえの不器用な愛情だと。

は我の為に死んだというのに、その願いは我にとっては酷なもの。
我が毛利の為に…その繁栄の為に1人犠牲となった
正直、今の戦力では織田には到底敵わぬ……だが、の為に戦うと思えば、毛利には無駄かも知れぬが、我にとっては意義のあるものとなるだろう。
しかし、今事を起こしてしまうのは得策ではないと…それも分かっている。


の言葉が……我を苦しめる。



「貴様…幾らの命令とはいえ、我の妻を手にかけたこと……許されることではない!
 本来ならば、この場に来た時点で首を刎ねているところだ。

 だが……、の最後の言葉を届けたこと、それには感謝する。」



忍は依然平伏したままで、面を挙げようとはしない。
いや、挙げられぬ行為をしたのだから…当然と言えば当然だ。
だから我は、そのまま続けた。


「今から申す言葉は、貴様からへ届けよ。


 『そなたと出会えて、我は嬉しかった。

  1年という短い月日ではあったが、共に過ごすことが出来て幸せだった。


  我はまだ…そなたの元へ行けぬが、その間に精一杯…毛利の繁栄を誓う。』


 と、にあちらで会えたなら、……そう、伝えよ。」



「御意」

我の目線はいつしか暗く染め上げられた闇空に向いていた。
その中に浮かぶ…月。
はきっと…あの場所におるのだろうな……

「…ならば、あちらへ行く覚悟は出来たか?」

「奥方様を手にかけた際に、覚悟は出来ております…」

そして、この忍の首へ…輪刀を振りかざし……その首を刎ねた。
それは我の足元へ転がり、今まで隠していた顔を覗かせる。
それを見ても何とも思わなかったが、代わりに視界が霞み、頬が冷たく感じた。

「…我は…泣いているのか…?」

静かに伝った冷たい水は、そのまま地へと落ちていった。
我の平和な時間が激動な物に変わるのは……もう数刻の後。



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