お前の気持ちなんて、最初っから知ってたよ。



〜いつまでもずっと一緒だと思っていた〜



お前と出会ったのは、もう随分と昔のこと。
御互い餓鬼で、意地を張ってたあの頃だ。

ずっと同じ場所で待ってるお前を見て、何を待ってるんだか…と思って声を掛けたのが巡り合わせだったんだろうな。
聞きゃ『親を待ってる』だの『迎えには一生来ない』だの矛盾したことばかり言いやがる。
それでも待ち続けて……数年が経っていた。

だが、そんな思いも空しく一向に迎えには来ない。
もう諦めもついたかと思えば、そうでもなくて。
このままだと会う前に死ぬと思ったオレは、屋敷へ連れて行くことを決めた。


……だがどうやって連れて帰ろうか?
これまでの話から、コイツの親は子供に興味はないと分かっているし、それでも信じたいと言うコイツの願いも分からないではない。
母上に嫌われているオレと、母上に認めてもらいたいオレ……境遇はそこかしこで似ていることに気付いたから言える言葉。


「でも、てめぇはオレと似ているかも知れねぇな…」





すぐさま屋敷に連れ帰り、待っていた侍女達にコイツをきれいにするよう命じた。
そしてその後父上のところに連れて行き、その前で宣言した。


「今日からコイツはオレが決めた、オレの侍女です。父上でも手出しさせませんから。」


そう言って、ずっと座っていたコイツの手を引き、退出する。
そしてそのままオレの部屋へと戻り、向かい合わせに座る。


「今日からここお前の家だ。お前の居場所はここだ…オレの傍にいろ。わかったな。」


その瞬間、コイツの目から涙が溢れ出した。
それは止まるところを知らず、次第に手では追いつかなくなって……
最後にはオレの胸にしがみつかせて、気が済むまで泣かせてやった。


その後父上が亡くなり、オレは6歳で元服を迎えることになった。
それと同時にコイツ…がオレの影武者になる、と決意し、オレに忠誠することを誓った。
その証として、は女であることを捨て、声色も変え……オレの影となる為に右目を自らの手で抉り出した。



「あたしは…オレは"猫御前"政宗様の影。」



そう言ったの…猫御前はずっとオレの傍にいた小十郎や成実でなければ区分けがつかないほどの出来だった。
事実、オレが小十郎と作戦の為に出かけていたとき、あいつは立派にオレの役目を果たしていたんだからな。
また毒に対しても、オレが事前に説明しておいたからか、少しずつ耐性がついていったらしい。
………あまり嬉しい話ではないけどな。

















それでも……それが今までのオレたちだった。
オレと小十郎が小田原城奇襲作戦のために外出したその帰り、……小十郎から耳打ちされたのは。





が……死んだ?」





口に出した言葉は信じられないもので。
あれだけオレの影を立派に果たしていたが何故!?

あまりの知らせに、既に用意されていた馬に乗って、城へ戻る。
逸る気ばかりが先行し、それでも早く行かなければと馬を走らせる。
が死んだという知らせから3日後、漸く城へと辿り着いた。
乗ってきた馬を城の入口に止まらせ、廊下を走り謁見の間に足を踏み入れれば……成実が部屋のど真ん中で座って肩を震わせていた。
…その前には………白無垢を着せて横たえられているがいて。

「成実!どういうことだ!!」

胸倉を掴み、何度も成実問い詰める。
だが泣きじゃくったままで、何も話そうとしない。
…それに腹が立つ。

「政宗様!手を御放し下さい!それでは成実様が御話出来ぬでしょう…」

いつの間にか入ってきていた小十郎に止められ、オレは苦虫を潰した顔で成実を放す。
その間に小十郎はオレたちの間に入ってきて、オレの前に立ったかと思ったら、

ぱんっという小気味いいが、部屋に響いた。
これにはオレも成実も吃驚して、オレは叩かれた頬に手を当て、成実は泣き止んでいた。

「大の男が2人して、何みっともないことをしてるんですか!
 猫御前……殿の目の前なんですよ!?もう少し落ち着いてください!!」

はっとして、を見る。
だが、はもう既に死んでいて、表情こそ変わらないものの…もし生きていれば小十郎と一緒に食って掛かっていただろう。
オレはの頭を撫で、冷たくなった唇や手の甲にキスを送る。








を1人にするのは嫌だったが、成実のたっての願いで別室に移動する。
…とはいっても、謁見の間を襖戸一つ隔てた隣の部屋なんだが。

漸く始めた成実の話では、母上からの誘いで登城し、その食の席で酒に毒を盛ったというものだった。
それでも幾度となく毒を盛られたことはあったが、今回は本当にオレを殺すつもりだったらしい。
その結果が……オレの影である、お前の死だ。

「こんなときにあんな奇襲作戦なんか企てなきゃよかった!」

拳を床に叩き付け、目からは涙が溢れてくる。
視界が霞むのも他所に、成実は「梵ちゃん…猫御前の、最後の言葉…聞いてくれる?」と話を続けた。






「みんなで…ばかして…騒いで……ほんと…楽しかった。

 オレ……あたし…政宗様の…傍いれて………すんごい幸せでさぁ…

 ……だから…笑って…………逝けるんだよ。





 だから…伝えて………ちゃんと…待ってるから………生きて…天下を…とってと…












 あたしは…は…死しても…政宗様をお慕い…しま…」



そう言って、馬上で息を引き取った…と。
オレは涙が止まらず、成実もまた泣き出す。
そんな中小十郎からは言いにくそうだったが、「…今回の件、小次郎様も関係がおありのようです。」と控えめに伝えてきた。













…………………ならば、オレはの為にあの2人に天罰を下そう。
今まで、『いつか愛してくれる…』そう思って、母上を愛し、外敵から守ってきたというのに。
それを仇で返すというなら…………オレにも考えがある。


その後すぐにを埋葬し、その足でオレは謁見の間に。
小十郎には母上を、成実には小次郎を呼びに行かせた。

小十郎の後に母上、小次郎、成実の順で部屋に入ってくる…が、
母上も小次郎もオレを見た瞬間、一気に引き攣った顔になり、それ以上足が進まない様子だ。
それを見兼ねた成実が「お入り下さい」と声をかけ、漸く間に入ってくる。
そして、オレの両横には小十郎と成実、目の前には母上と小次郎という位置になった。

「母上、先日は食の席にお誘いいただき、誠にありがとうございました。
 つきましては、そのお礼がしたいと思いまして、ここに呼んだ次第でございます。」

「そ、そう。…して、そのお礼とやらは何をしていただけるのか?」

「まぁ、そう急がずとも後でじっくり分かります。
 今宵は母上の好まれる酒が手に入りました故、まずは一杯如何ですか?……小次郎も一緒にな。」

小十郎がオレに杯を渡した後、残り2つの杯を母上と小次郎に手渡す。
そして成実が酒を注ぎ、オレたちは酒を交わした。
最初は訝しんでいた母上も、自身の好きな酒とあって、徐々に2杯、3杯と流していく。
それを見ていた小次郎も母上が次々と飲んでいくことに安堵したのか、こちらも次々飲んでいった。


そろそろか……と思ったその時。

「ぅぐ…っ……こ、これ…は……」

突然自分の胸を掴み出した母上に、小次郎は一気に酔いが醒めたのだろう。
一生懸命母上の身体を揺すり、「大丈夫ですか!」と問うている。
そんな2人を、オレは覚めた目でじっと見ていた。

「まさ、むね…この…母に、毒を…」

「そうです。母上…貴方が猫御前……いやにしたことと同じようにさせて頂きました。」

只、違うのは……酒に毒を入れた母上と、杯に毒を盛ったオレ。
疎まれていたと知っていてなお、貴方を愛し続けたオレはやはり阿呆だったのかと実感する。
その間ももがき続け、最後はオレに手を伸ばして………息絶えた。

そして母上が死んだと認めたとき、小次郎は泣き叫び、オレに向かって飛び掛ってきた。
一度は掴まれたものの、合わせに忍ばせておいた小刀で、小次郎の咽や腹、心の臓の当たりを刺した。
それでも掴みかかってきたが、出血の量が酷かった所為だろう…
オレに手が届くその前に……床に伏した。





「政宗様……本当にこれでよかったのですか?」

暫く呆然としていたオレたちだったが、小十郎の問いかけに小さく「あぁ…」と返事する。
だが2人が、特に母上が死んだことはまだ知られてはいけないから、身代わりを立てなければいけない。
それにはうってつけの侍女がいるから、それは問題ないだろう。
…まぁそれもたかが数日だが。

小次郎の方は、皆の前でオレに毒を盛った主犯として撫で斬りを行った、と言えば納得するだろう。



その後、やることとして決めたことは…

。お前の遺言通り……天下、とってやるよ。」

オレはの墓標の前で…そう、誓った。



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