そなたに愛される為なら我は何だって出来るのだよ。
『これが君に愛されるための答え』
"艶里"と言う町を知ってるかい?
町の外れに小さな里で春を売る女達が住む里。
―我の居場所。
我はこの里の花魁。
花魁と言えば表の煌びやかさとは逆に背景は暗いものだ。
好き好んで春を売る女子は早々おらぬし、大抵は借金持ちだ。
ただ、我に限っては…好んでここにいるのだがな。
『姐さんはなんで自分で花魁になったの?』
それを知って不思議そうに言ったのは我の付き人。
は女子なのに童子の姿をした変わり者だが、お気に入りの子。
今は元の居場所に帰ったが、可愛らしい妹分。
『ん?はなんでそんな事を聞くのだ?』
『だって、祐樹が言ってたけど姐さんってほんとは裕福な家の出なんでしょ?』
『…祐樹…』
この里で過去の話はご法度。
なのにその里の主人が一体なにを言ってくれるのやら。
思わず呆れたが、あのこの妹分に恋心を抱いた主人の事問われるままに答えたのだろう。
普段の報われなさを見ればまぁこの程度の事と思わなくもない(しかし、仕置きはした)
それに我自身特に隠していることでもなかった。
『確かに…我の家はそれなりに名が通った武家だな。』
『ほんとなんだ。でも、なのになんで姐さんは花魁やってるの?』
『それは……』
我の家は武家の家系でかなり有名な家だった。
それは主にある親戚筋のおかげなのだが…それは敢えて語るまい。
少なくとも春を売らずとも生きてはいけただろう。
なのになぜここにいるのかと問われれば…
『我にはあちらの水は合わず、こちらの水があったから…だな。』
たったこの程度の事よ。
確かにあの家は生活するには苦はなかった。
だが、武家の姫君なんて我の柄ではないし政略結婚などごめんだ。
名しか知らないような男に家柄が会うからなんて理由でにっこり笑って尽くすなど出来るか。
そう思い家を飛び出したのが七つの春でその月にはこの世界に飛び込んだ。
偶然、立ち寄ったここがやけに気に入ったからだ。
『春を売らぬも売るも我次第、籠の鳥よりよっぽど良い。』
我が春を売るのは気に入った者だけ。
本来の遊女なら考えられぬことだが我はそれが許された。
それはそれでも通う男がおるからであるし、借金などの枷もないからだ。
おかげで我はこの里で悠々自適に過ごしている。
「姐さん、お客さん来たよ。」
「あぁ、真由。わかった。すぐに行こう。」
そして、今日も我は春を売る。
それに対して罪悪はなく、貞操概念など元からさほど高くはない。
人から見ればどうしようもない仕事だろうが、この仕事をすることに躊躇いもない。
自由なこの里の生き方は性にあったし、この里の暮らしは楽しい。
それに…
「失礼するよ…竜の右目殿。」
ここにいたからこそ出会えた者もいる。
可愛い後輩の真由の言葉で向かうは客室。
ゆっくりと襖を開けばそこにいるのは良く見知った姿。
いい男だが正直、どちらかと言えば強面の顔に目立つ傷。
それは奥州筆頭伊達政宗の右目…片倉小十郎。
「か…」
「おや、自分で呼んでおいてかはないだろ?『待ってたぜ。はにー』ぐらいは言って欲しいな。」
「………その言葉の意味判って使ってるのか?」
「一応な。の手紙に書いてあったのでな。」
「様…」
そんな小十郎と出逢ったきっかけは意外な事に。
実は、伊達政宗の腹違いの妹君であったを連れ戻しに来たのが小十郎だった。
里抜けはご法度のこの里で一度は里の住人となったを連れ出すのは危険行為。
見つかればただではすまないと言うのにたった一人でそれをしようとした。
伊達の力を使えば容易いだろうに…
『雫様と様が世話になった里…火種を持ち込むのは忠義に反する。』
それを言えば返って来たのはなんとも真面目な言葉。
最後に『それでもどうしてもと言うなら戦いも辞さないが…』とまで言いおった。
言わなくていい事まで、なんとも実直で笑える程正直な男だと思った。
「まぁ、が元気そうで何よりだ。少し、心配しておったのでな。」
「…義姫様の事か?」
「話を聞く限り、よほどの性悪に思えたのだ。」
それでも、最初は連れて行かせたくなどなかった。
の身の上はを付き人にした時ある程度は聞いていたからな。
我は女の…特に権力に固執してしまった女の醜さは今まで何度も見てきた。
そんな場所に可愛い妹分を連れて行かせるつもりなんてなかった。
でも、それでもその逃亡の手引きをしたのは…
『今度はこの小十郎がなにがあろうと様の御身お守りする!例え命に代えても!』
はっきり告げたその瞳に真実を見たからだ。
仮にも主君の母から命を懸けてを守ると言う。
まぁ、小十郎が忠誠を誓うのは伊達政宗だから母君はちょっと違うかもしれないが…
それでもどこまでも実直な言葉とそれが真実だとわかる瞳が気に入った。
いや、この時我はその瞳に囚われたのだ。
「まぁ、小十郎がおるのだから…とは思っておったのだがな。」
「…」
隣に座るとその胸に寄りかかる。
唇が触れ合うほどの距離で見詰めればその瞳に映るのは我一人。
その瞳に微かに熱情が揺れるのを見て我は微笑む。
「の話はここまで…今からは大人の時間だとは思わぬか。」
「大人…な。はまだ子供の範囲だと思うがな。」
「ならばその子供に小十郎は欲情するのか?」
「…この子供は煽るのだけは上手いからな。」
その焔を煽るようにその首に手を回す。
視線を外さずに微かに指先で首筋を撫でれれば強くなる欲情の色。
それに満足して我はそっと耳元で囁く。
「…小十郎…」
それは堅物な竜の右目を陥落する呪文。
いつもより甘い甘い声で情欲を隠さずに名を呼べば一気に熱くなる体。
力任せに引き寄せられ、唇に噛み付くような口付けを送られればそれは陥落の合図。
私は貪り食われるような衝動の波に身を委ねた。
「んっ…小十郎……」
「……」
それは月に数度の逢瀬。
を連れて行ったあの日から小十郎はたびたびこの里を客として訪れる。
そして、買うのは我一人…これから先も他の女を買わせるつもりはない。
小十郎は我に溺れ、我は小十郎に溺れればいい。
「あっ…んっ……こじゅ…そこは…」
「…もっと声を聞かせてくれ…」
これは一夜の関係。
どんなに互いに溺れようがそれは変わりない。
売るのは春…一時の夢でその為なら甘い嘘の睦言もはく。
それは我とて心得ておるが、知っておるか小十郎?
我が…
「小十郎…我は小十郎を愛しておるよ。」
愛を口に出すのはそなたにだけ。
花魁の本気の恋。
…なんて、悲恋物語に出て来そうなものだな。
我としては仮にも武家の武将様にいっかい花魁がなどと言う気はない(愛とは時に身分を越える)
また、小十郎が我を悪く思ってない…むしろ、憎からず想ってくれているのも知っている。
それでも、それ以上に我と小十郎が今世で共に歩く事あるまい。
「姫様!伊達がきました!」
―この血が我に流れる限りは…
姫様…久しぶりに呼ばれた呼び方。
我がいるのは艶里ではなく、血の臭いのする戦場。
急いで駆け込んで来た伝令の言葉に我は立ち上がる。
その手には握られるは一つの銃。
「…敵を率いるのは誰だ?」
「はっ、独眼竜の右目片倉小十郎です。」
「そうか……」
そして、敵は独眼竜の右目…片倉小十郎。
本気で恋した男と戦場で我は向き合わせねばならぬ。
手の物を向けなければならない…
「どうやら二手に分かれて戦後ので疲労した本隊を追撃するつもりのようです。」
「叔父上…信長公の予想通りか。」
我の血筋は織田の血統。
直系ではないが、それでもあの魔王と呼ばれる叔父上の血が我にも流れおる。
伊達のそなたと織田の我…今、戦場と言う場所で合間見えるのだ。
それは乱世と呼ばれるこの世で違う勢力に属する者の宿命。
「まぁ、所詮は我らの目的は信長公が尾張に戻るまでの時間が稼ぎ。信長公の今どこに?」
「信長様は既に尾張の関の近くまでおいでです。」
「ならここはもう良いな。兵は適度に機を見て撤退し本隊に合流するように支持せよ。」
武家としての性を好まず家を出た我。
艶里まで行き、得たはずの自由を捨て我は今戦場にいる。
しかも、本気で惚れた男を迎え討つために。
「はっ!では、姫様も…」
「我は残ろう。しんがりが必要であろう?…信長公によろしく頼む。」
だが、それでも無視できぬ我には縁がある。
第六魔王の名を欲しいままにする叔父上だがそれでも我は嫌いではない。
人からなんと呼ばれると道を変えぬ叔父上に潔ささえ感じるし、恩もあった。
柄が合わぬと家を出て艶里に行った我をあの方は認めもしながったが咎めもしなかったのだ。
本来なら連れ戻されたり汚点として殺されても文句は言えない立場だというのに…
それは我の戦場での力を大いに買ってくれて故だとわかってはいるが…
それでも、それが叔父上の最大級の我への情だとも知っている。
「……小十郎…」
我には叔父上に一応だが大恩がある。
それになぜだか叔父上の危機を無視できるほど傍観者にも徹しれぬ。
同じ血が流れるゆえかはわからぬが…
「いや、独眼竜の右目片倉小十郎…敬愛すべき叔父上織田信長公の下へは行かせぬよ。」
我はそなたに銃を向ける…それが現実だ。
兵達を引き上げさせてしばらく。
先駆けとして一人陣に突っ込んできたのは我の愛する男。
銃口を向ける我に小十郎は驚愕に目を見開いていた。
「…なんでお前が…」
「…我は織田の血統…家を出ていたが…な。」
我の言葉に信じられないと言う顔をする小十郎。
いつもと違う掠れた声に微かに心が反応しかけたがそれを押し留める。
今の我は小十郎の敵なのだ。
「ならば…俺に近づいて来たのは情報を得るためか?」
「それは違うな…我は一度は家を出た身、今回のような事がなければ戻る気はなかった。」
「…こちらの策は読まれていたと言うことか…」
「遠征を終え兵が疲弊した所への奇襲は想定内…それが伊達であったのは偶然だが。」
だが、嘘を付く気はない。
こんな事がなければ戻る気がなかったのは事実だしそれが伊達だったのは偶然。
武田信玄との戦は結局はお互い痛みわけで終わり、引き分けでの撤退では兵の士気も違う。
疲れ切った所への襲撃は戦における定石であり、もし狙われるのなら織田だ。
甲斐の武田も脅威だが、今の織田はそれ以上に危険とみなされている。
ならば危険性が高い方を潰そうと思うだろう。
「引いては…くれぬか?」
「銃口を向けられてまだそんな甘言が吐けるのか竜の右目殿?」
引く気など引こうなどとは思わぬ。
どれ程水に合わぬと思っていても武家の娘として育てられた我が身。
死して忠義を、敵に背中を見せるは武士の恥などばかげた事だと思っておるのに…
骨に髄まで徹底された教育は未だに有効らしい。
「俺は政宗様に忠誠を誓った身。あの方の邪魔をするなら俺は…」
「なにを迷う。右目殿…一夜の戯れに現を抜かすが伊達の武将のすることぞ?」
「…本気なのか?」
そして、それは小十郎も同じ。
いや違うな…むしろ、小十郎の方は望んで自ら死に殉じる覚悟は強い。
今だって刀を構えながらも我を討つのを躊躇っておる。
それが我への想いならば嬉しいが…
「竜の右目……小十郎…そなたはほんに甘い。」
―それではならぬだよ。
今は戦国乱世。
例え、情を交わした相手でに敵に躊躇ってどうする。
きっとそれはこの戦場では命取りになる。
我は引き金を…引いた。
「っ!!」
銃口が響いたその時、世界はやけにゆっくりで。
引き金を引いた瞬間には小十郎の顔が目の前にあって。
それと同時に感じる腹部を貫かれる感触と共に一気に横に引かれる刀。
裂かれた腹か鮮血の血が噴出し、我と小十郎の腹部を汚す。
生々しい血の臭いを感じた。
「!」
噴出す血と同じ速度で力が抜ける体。
そのまま膝から崩れ落ちる我をそのまま伸びてきた小十郎が抱きとめる。
久しぶりに触れた温もりにこんな時だと言うのに鼓動が高鳴った。
そんな状況ではないだろうと笑えて来た。
「急所を…一撃…さすが…小十郎……だな…」
「…なんでだ。なぜ撃たなかった…」
「撃ったで…あろう?」
「空砲で…俺が殺せると思ったのか?」
我の銃から出たのは煙だけ。
空砲で人は殺せぬ…だから、小十郎は生きている。
だが、小十郎は一つ勘違いしておる。
「なぜ…我が…小十郎を殺さ…ねばならぬ?」
「なっ!?」
確かに我は小十郎の…伊達の敵。
かと言って、なぜ我が小十郎を殺さねばならぬ?
「叔父上は…既に…尾張に入った……もう大丈夫だ…」
我の目的は既に果たした後よ。
尾張にまで帰ってしまえばいかに血気盛んな伊達とは言え深追いはしまい。
我は我の役目を果たしたのだから我の仕事はそこで終わり。
なのに我が小十郎に銃を向けた理由は…
「でも……もう…これで最後に…したかった…それだけ…だ…」
我は血の縁を消し切れぬ。
またこんな事があれば我はまた叔父上に協力をするのだろう。
そうなれば今度こそ…小十郎は死ぬのかも知れぬ。
だから、終わらせたかった我の存在を…
「…お前は…」
「ふふっ…小十郎…我はな…」
そして、刻み込みたかった。
「誰…よりも…そなたを…愛…して…お…るよ…」
―我に想い全てを…
死人への想いは決して消えない。
特に小十郎そなたはなんだかんだと人一倍優しいからな。
我をこうやって殺してしまえばそなたは我を忘れないであろう?
きっとふとした時に我の死を思い出し苦悩するのでろう?
それは…なんと甘美な誘惑なのだろうな。
「だから……忘れ…ないで…欲しい。」
忘れるな…お願いだから忘れないでほしい。
女を見る度に我の死を思い出して、我を思い出せばいい。
あの逢瀬の夜を交わした口付けを、与え合った熱の熱さを…思い出せばよい。
微かに刺さった棘のような痛みを永遠に持ち続ければいい。
死んだ我を想い続ければいい。
「愛して…る……小十郎…」
それが我の幸福。
どうせ共に生きられぬ世。
ならばいっそ深すぎる程の傷となって我はそなたに残ろう。
決して、忘れられぬように生涯我意外を想えぬように…
我は愛と言う名の言霊と死で小十郎を縛り付ける。
これが君に愛されるための答え…我はそなたに愛されるなら命すらいらぬのだよ。
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