神ほど残酷はものはいないと初めて知った。



『神なんていない。じゃなけりゃ救いはある筈なんだ』



私は生まれながらに異質な存在だった。
人とは違う白い髪にまるで血の様な紅い瞳。
姉妹であるとも姉上とも違う姿。


―式部の家の末姫は白い髪に紅いおめめ、まるで因幡の白兎。


私の容姿を比喩する様に囁かれる言葉。
ある者はからかう様にある者は嫌悪するように私を見る。
幼い頃はそれが怖かったけれど…ある程度年を取ればどうでもよくなった。
よく知らない人間になにを言われても平気だと知ったからだ。
私にはと姉上がいればいいとわかったから…


の髪はみたいでとっても綺麗。』
『紅い目はまるで南天の実みたいでとっても綺麗で可愛くて私は好きよ。』


両親さえ気味悪がる私の容姿。
でも、二人は好きだと言ってくれる…それでよかった。
酔狂だとは思うけれど、それでも百のどうでもいい人間の言葉より。
たった二人、大切な人が言ってくれる言葉が重要だった。


…姉上…ありがとう…』


だから、守りたいと思った。
どうせこんな容姿じゃ、母上の望む縁談とやらも気はしない。
ならばと姉上を傍で守り続けようと決めていた。



『そなたが式部の末姫か?』

―あなたと出会うまでは…



突然かけられた言葉。
そのどことなく尊大な言い回しがなんとなく武家の者だろうと思った。
また私の容姿を見物に来た奴かと不機嫌に振り返った。


『はい、私が式部の三番目の娘ですが…何か御用でしょうか?』
『いや、用はないのだが…偶然通りかかったから声が掛かっただけだ。』
『そうですか、なら私にもう用はありませぬね。失礼します。』


我ながら不躾な態度だったと思う。
でも、私は噂を聞き珍しそうに見に来る奴らが大嫌いだった。
昔からそう言うやからは多かったけど最近は特にだった。
私にはそれが煩わしくてたまらなかった。


『待て、少し…話をしないか…』
『なぜです?私などと話しても何の意味もならぬでしょう?』


でも、離れる前に腕を掴まれ止められる。
まだこの姿を見物し足りなのかと感じるのは強い苛立ち。
早くここを立ち去りたくて、二度と関わり合いたくなくて…



『それともそんなにこの髪が目が珍しくて見物したいのですか?』



思わず口をついて出てしまった言葉。
どこの武家かは知らないけれど、私より身分が上なら場合によっては斬られるかもしれない。
少なくとも怒鳴りつけられ(どうでもいいが)両親に苦情が行くだろうと思った。
でも…


『なぜそのように卑下した言い方をするのだ?そんなに美しい髪と瞳であろうに…』


返って来たのはあまり予想もしない答えだった。
この髪と目が美しいなんて今までと姉上しか言わなかった。
他のものが気味悪がるか不躾に面白がる者しかいなかった。
初めて異性から言われたそれに…



『あ、あなたは美的感覚狂ってる。///』

思わず赤面したのは一生の汚点だと思う。



それからその武士…毛利元就は私の元に訪れるようになった。
毛利元就と言えば中国を治める武将として有名で私も一応は噂で知っていた。
頭の切れる智将だが、兵を駒として扱う非情な男だと聞いていたい。
話す言葉にその噂どおりの価値観が垣間見える事がよくあった。
だけど…私には眩暈がするぐらい甘い人だった。


…我はそなたを愛しておる。我の妻になってもらいたい。』
『元就様…またそれですか?』


いつからか愛に来られるたびに囁かれる愛の言葉。
私なんかのどこを気に入ったのか知らないが、元就様は私を妻にと求める。
最初はどうしてそうなるのか理解できず、困惑したがその瞳は酷く真剣で…
少しずつ絆されて行く自分を私は感じていた。


『お断りします。私なんかを嫁に貰えば毛利の名が落ちましょう。』


だからと言って、受け入れる事は出来なかった。
私のような面妖な容姿をした上に小さな大して力のない領地の娘と中国を治める武将。
子供だってわかる身分の差を理解していて受け入れようとは思えなかった。
それにこの腐った家に姉上とを置いてはいけなかった。
二人を守れるのは自分だけだと思ったから…


……自分の心に嘘を付くのはやめて下さい。』
『本当は毛利様の事をお慕いしているのでしょ?』
…姉上…』


でも、そんな私を咎めたのは他でもないと姉上だった。
その日も元就様の求婚を退けて家に戻ってきた私に二人は言う。
その瞳は酷く真剣で…どこか哀しげで…


が私達を心配してくれてるし、色々考えてるの知っているけれど…』
『でも、そのせいであなたが想う方と共になれない事を私達が望むと想いますか?』
が好きな人になれない理由が私達なら…そんな哀しい事はないのに…』


言われた言葉が胸に突き刺さる。
そして、それと同時自分が思い上がっていたと言うことを知った。
二人を守れなければと守れるのは自分だけだと思っていたけれど、それは違っていた。
も姉上も私が思うよりずっと強く…守られる存在ではないのだと知った。


…あなたが私達の幸せを思うように、私たちもあなたの幸せを思うのです。』
『姉上……ありがとうございます。そして、ごめんなさい。』


幸せになって欲しいと言う二人に涙が出た。
二人はきっと私が気づかない振りをしている想いに最初からずっと気づいていたのだ。
本当はあの人の思いを受け入れたいと思っているのは私自身だと言うことを…
それを色んな柵に囚われ動けなくなっているだけなのだと…



―私が元就様の求婚を受け入れたのはそれからすぐだった。



姿から縁談など無縁だと思っていた私の突然の婚儀。
両親は聞かされたときは驚いたようだが、それでも相手を聞き喜んで賛同した。
まぁ、元々両親はどうでも良くてむしろ心配だったのは元就様の方だったのだったのだが…
『我に任せろ口出しはさせぬ』と言った元就様は言葉どおり全ての人間を黙らせた。
その手段は未だに教えてもらえていないが多分かなりえぐいと思われる。
でも、私を本当に想ってくれているのは知っているから…


『我の妻は生涯だけ。側室も要らぬ…がおればよい。』
『元就様…』


元就様と出会って二年目の春。
私は毛利元就の元へお互いに望んで嫁いだのだった。




それからは私は幸せだった。
最初は私の容姿から一歩引いていた人たちも少しずつ私を受け入れてくれた。
相変わらず兵を駒と呼ぶ元就様を嗜めながらも共に過ごす日々は戦国の世でありながら穏やかで…
気が付けば一年の月日が過ぎており、これからもこうして時が過ぎるのだと思っていた。



「奥方様!今、式部家が織田に討たれたと伝令が!」

少なくともこの日までは…



ある日届いた実家の訃報。
それは突然の事で驚くと同時になんとなく…ついに来たかと思った。
器量もないくせに野心だけは人一倍あった父上が色んな所と繋がっているのは知っていた。
そういう人だからあまり信頼はされてない様だったが、まさかその中に織田がいるとは思わなかった。
恐らく一時の特に目がくらみ織田を謀ったのだろうと言う事は容易に察しが着いた。
そして、それは事実だったが…でも、現実はもっと酷かった。


…姉上……」


と姉上も共に命を落としていた。
二人とももうすぐ想い人の元へ嫁ぐ予定だったと言うのに…
父上の裏切りのせいで屋敷に放たれた火に巻かれては死んだ。
姉上に至っては父上の愚行によってその前に命を断っていた。
思い出すのは最後に贈られてきた手紙。


『共に幸せになりましょう。』


一番最後に綴られた文字。
互いに幸せになれるのだと信じていたのに…
二人は悲しい死を迎えてしまった。


が私達を心配してくれてるし、色々考えてるの知っているけれど…』

『でも、そのせいであなたが想う方と共になれない事を私達が望むと想いますか?』

が好きな人になれない理由が私達なら…そんな哀しい事はないのに…』

…あなたが私達の幸せを思うように、私たちもあなたの幸せを思うのです。』



あの時、私の幸せを願ってくれた二人。
幸せになって欲しいと言った笑顔が鮮明に瞼の裏に浮かぶ。
気を抜けば外見も恥じなく泣き喚いてしまいそうだったが、私にはする事があった。
それが終わるまでは私は泣く事は出来ない。


「奥方様……」
「…織田は…私の存在を知っているのだろうな…」
「…恐らくは…」
「そうか…」


織田によって粛清された式部家。
元凶の父上は元より、母上も兄上も他の使用人もみな皆殺しだったという。
尾張の魔王らしい徹底した粛清…だが、嫁いだといえ式部の血がまだ残っている。
それは…私だ。


「すまないが、織田に書状を送ってくれないか…私の首をつけて。」
「奥方様!それはなりませぬっ!」
「だが、このままでは織田はそれを理由に中国を攻める!今の毛利に織田を迎え討つ力は…ない。」


織田はきっと私の事を見逃しはしないだろう。
ほんの微かであろうとも怨恨を残すぐらいなら織田はきっと全ての血を絶やすことを選ぶ。
そして、その最後の血を持つ私がいる中国に攻め入るに違いない。
迎え討つには織田の力はあまりに巨大すぎる。


「ですが!奥方様の死を元就様が許すはずは…」
「許さなくても良い!納得しなくても…理解だけをしてくれればいい。」


きっと、元就様は私のこの考えを認めないだろう。
そうするぐらいならばきっと負けるとわかっていても織田を迎え討つに違いない。
でも、私はそれだけは嫌なのだ。


「私は毛利元就の妻。毛利家の為に死ぬ覚悟はとうに出来ている。」


冷酷だと非情だと元就様を人は言う。
確かに元就様は兵を駒として扱うし、知略の際は非情な方法も使う。
けれど、元就様がこの家を守ろうとしているのも事実だった。
ならば夫の留守を守るのは妻の役目。


「いや、違うな……」


そこまで考えて私は違うと首を振る。
そんな事は所詮建前だと私は知っている。
本当のところ私は…



「私は元就様に死んでもらいたくないのだ。」

ただ…元就様に生きていて欲しいだけなのだ。



も姉上ももう死んでしまった。
もう私の大切な者は元就様しか残ってはいない。
その元就様を失うなど考えられない。


「だから、これは私の我侭だ…頼む…」
「奥方様…御意…」


再度頼み込めば傍に仕えた忍は深く頭を垂れる。
仮にも忠誠を誓った主の首を跳ねろと言うのだ…酷な事を頼んでいると思う。
きっとこの忍はその後、元就様に罰されて死してしまうのだろう。
傍迷惑な頼みと知ってはいるが、自分では出来ない。


「辛い役目を押し付ける…すまない。」
「いえ…命が終わりましたら、私もそちらに参ります。」
「ならば、その時はもう一度謝らねばな。」


懐に護身用として忍ばせた小刀を抜き首に宛がう。
皮膚に感じる冷たい刃の感触に感じるのは本能的な死への恐怖。
でも、それを今は考えてはならない。
無心でこの刃を引かねばならない。


「元就様……」


あなたのいない間に勝手に死を選ぶ私をあなたは許さぬでしょう。
でも、それをわかっていながらも私はあなたに生きて欲しいのですよ。
酷く勝手で独りよがりな願いと知っているけれど…


「奥方様…最後のお言葉をどうぞ…」
「私の勝手だから部下を責めるのはお門違いだと、自分の立場をお考えくださいと。」


最後まで可愛げのない言葉。
でも、そうでも言わないとあなたは冷静な振りをしてすぐ感情に走る。
もう私はそれをもう止めては差し上げられないのだ。


「たった一人の女の命より国を選べと…これでここが滅びたら許さないと。」


我ながら矛盾した言葉だ。
自分はたった一人の男のために死ぬくせに…あなたには逆を要求する。
あなたに辛いことばかりを押し付ける。


「そして…あなたの妻であれて幸せでしたと…」


本当はもっとあなたと一緒にいたかった。
あなたの子を産んで、あなたの傍で家族として過ごしたかった。
もし、子を授かるとしたらどちらに似たのだろうか?
あなたに似るのはいいが、あの駒だけは受け継いで欲しくない。
けれど、それはもう叶うことがない夢。



は…あなたを愛し愛せて幸せでしたと…そう伝えて欲しい。」

それでもあなたと共にあれて幸せだった。


そう愛している誰よりも…
それでも…いや、だからこそ私はこの結末を選ぶのだ。
あなたを傷つけると知っていながらも。
ねぇ、元就様…



神なんていない。じゃなけりゃ救いはある筈なんだ…残されるあなたに救いが…



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